シャープラジオ「標準十号」

外観


↑クリックすると大きな写真が見れ ます

  標準十号の正式名称は「標準十号受信機」と言います。
 世の中がきな臭くなってきた昭和10年代に、資源を節約したラジオを推奨する為に、電器業界 が定めた「国策ラジオ」の内の一つですが、デザインや内部の構造まで全社統一された「放送局 型」とは違って、方針だけを定めた物で、デザインや内部構造は各社で自由に作られた様です。
 標準十号は、シャープに問い合わせて返答を頂き、昭和16年1月から販売が開始され、当時の 値段は36円60銭だったそうです。今回のラジオは、使われているスピーカーに記された製造日 から推測すると、昭和16年12月以降に製造された物で、正に大平洋戦争の最中に製造された物 だと思われます。
 当時一般的に使われていたラジオは、真空管を4本使った「4球式」で、グリッド再生検波→低 周波2段で普及型の「並四」と、高周波増幅→グリッド
再生検波→低周波1段で上級型の「高 一」の二種類がありますが、この標準十号は「並四」の方です。他には「高一」の標準二十号と、 様式は不明ですが標準一号、標準三十号と言うのもあった様です。
 
 では詳しくご紹介します。写真はクリックすると大きくなります。


標準十号外観
01:標準十号 外観                      
 単純な直線的なデザインが特徴で、右に縦に配した焦茶色の太い帯が、アクセントになっています。「左半分がスピー カー、右半分にダイヤル窓と操作つまみ」というデザインは、
昭和10年代〜20年代半ばまでの主流デザインで、右利きの人の操作に最も自然で合理的です。正面の3つのツマミは、真ん中のダイヤ ル窓が「同調(選局)」、左が「点滅(電源スイッチ)」、右が「再生(感度調整)」で、音量調整のボリウムはありま せん。再生である程度の音量調整は出来ますが、「小さな音で一人静かに聞く」みたいな使い方は出来ません。(下で紹 介しています様に、後日音量調整ボリウムを外付けで追加しました)
 スピーカー部分に焦茶色の横桟とダイヤル窓に金属製の飾り枠が付いていて、単に板を切っただけの123号よりは、 少しだけ手間が掛かっています。ネットの布(サランネット)は、ボロボロになっていたので、織模様入りの新しい物に 張り換えました。
 入手したこのラジオは、キズやニスの剥げが少なく、汚れを落してワックスで磨いたら、写真の様に70年前の製造品 とは思えない程綺麗になりました。

標準十号裏から
02:内部
 大きなスピーカーが右半分を占めていて、真空管や部品のあるシャーシーは左に寄せて小さくまとまっています。ス ピーカーが少し右に回った位置で取付けられているのは、シャーシ上のトランスがスピーカーに当らない様に、フレーム 穴の位置が丁度いい場所に来る様に案配された結果です。

標準十号真空管
03:使用真空管
 標準十号は真空管を4本使った「4球ラジオ」です。左から検波管(傍熱型五極管)UZ-57(ゴーナナ)、低周波 電圧増幅用(傍熱型三極管)UY-56(ゴーロク)、電力増幅用
(直熱型三極管)UX-12A(イチニエー)、半波整流用(直熱型二極管)KX-12F(イチニエフ)です。どれもトップメーカーの「マツダ(現東芝)」製 です。シャープを含めて当時の殆どのメーカーは、自社では真空管を製造しておらず、真空管メーカーから仕入れた物を 装着して出荷していました。写真の物は脚が金色の真鍮製で、57は青味を帯びたガラスですので、たぶんこのラジオを 購入した時に最初から装着されていた物だと思います。
上から見る
04:シャーシ
 真ん中手前がバリコン、その右上が唯一の同調コイルで、橋渡しになったシールド板の上が、帽子型シールドキャップ を被った検波管57です。その左に56、12A、12Fの順に真空管が列び、左(スピーカーのすぐ右)の建物みたい な形のは電源トランスです。
シャーシ左 下のコーナーが斜めにカットされているのは、キャビネットに納めた時に、スピーカーにぶつかってしまうので、その為 の「逃げ」です。
ダイヤル
05:ダイヤル
 半透明のプラスチック製で、裏側から豆電球で照らす透過式です。表示は現在の周波数表示ではなくて、1〜100の 100分割表示です。今のラジオと逆回りで、右一杯が一番周波数が低く、左に回す程高くなります。この写真の指示位 置で、666KHzのNHK大阪に合っています。尚この頃のラジオの受信周波数は現在より少し狭い550KHz〜 1500KHzです。
 つまみは直接バリコンの軸に繋がっていて、減速機構が無く、微調整がし難い直結式です。NHKしか無くて遠くの局 を聞く必要が無かった当時は、それほど問題ではなかったかも知れませんが、沢山の局がある現在では同調がちょっとや り難いです。

標準十号シャーシ内
06:シャーシ内部
 内部の配線は、一旦全て外して一からやり直しました。
 プリント基板で配線される現在の機器と異なり、真空管時代の配線は部品を直接半田付けで結線して行われています。 抵抗器やコンデンサーは現在の物に比べて倍以上の大きさで、抵抗器はこの大きさで1Wクラスです。コンデンサーは絶 縁物に紙を使ったペーパーコンデンサーと雲母を使ったマイカコンデンサーが使われていましたが、ペーパーコンデン サーは劣化して使えませんでしたので交換しましたが、最新のフィルムコンデンサーではなく、形状の似ているオイルコ ンデンサーの手持ち品を使いました。
配 線補助用の中継端子も、元からの物を使いましたが、足りないので左に現在の立ラグ端子を1つ追加しました。
 レイアウトは、右上から100Vラインが入って来て、右側面にヒューズ、下面右に電源スイッチがあります。シャーシ右寄りに電源トランス(焦茶色の紙が 一部見えている部分)があり、電気はすぐ上の4本の真空管に右から順に供給されます。それに対して信号は左から右に 流れて行きます。部品の配置や取り付け方の随所に、製造する際の手間が出来るだけ省ける様な、合理的な配慮が見受け られます。
 123号で整然と部品を配置していたシャープの製造姿勢に敬意を表して、部品は縦横に配置して、斜めに最短距離で 配置する事は避けました。抵抗器は全て元からの物で、一個一個には「sharp」の社名が入っているので、出来るだ けそれが見える向きに取り付けました。
 下に出ている2本の軸は右が電源スイッチ、左が再生調整の豆バリコンです。

マグネチックスピーカー
07:スピーカー
 この時代のスピーカーは、現代のダイナミック・スピーカーではなく、マグネチック・スピーカーと言う方式です。
 このスピーカーのフレームは、銀色に塗ってるのでちょっと見た位では判りませんが何と!紙製です。硫黄を染み込ま せて固めた紙で、とても軽くて丈夫で、
70 年経った現在でも全く劣化しておらず、指 で押した位では全く変型する事はありませんし、鉄に付き物の錆が出る事もありません。勿論戦時中で鉄を節約する必要 性から紙製になったのですが、とても成功したアイデアだと思います。但し音質上の問題はあるかも知れません。
コイル部アップ
08:スピーカーのコイル部分
 現代のダイナミック・スピーカーはコイルそのものが動きますが、マグネチック・スピーカーはコイルの中心部の可動 鉄芯が動きます。その動きは針金で振動片に伝えられ、更に別の針金でコーン紙に伝えられます。音質は硬い感じで高音 も低音も出ませんが、人の声を再生するには不都合は無く、ニュースやトーク番組には適していると言えます。更に能率 も良い様で、標準十号の音声出力は僅か0.5Wですが、ガンガン大きな音で鳴ります。
 又、ダイナミックではインピーダンス整合の為に、出力管との間に出力トランスを必要としますが、マグネチックス ピーカーの場合は直結出来るので、トランスは要らない代りに、コイルには220Vの動作電圧(B電圧)が直接掛かり ます。
 このスピーカーのコイルは切れてしまってましたので、コイル部分を取り外し、新しい細いエナメル線で巻き直しをし て復活させました。

下駄
09:下駄履きの音量調整ボリ ウム
 一番上の欄で説明しました様に、このラジオには音量調整ボリウムが無く(標準10号に限らず、戦前の並四ラジオの ほとんどには、音量ボリウムはありません。戦後の高性能な真空管を使った並四は、音が大きくなったので付いていま す)、実用上不便なので、本体の下に敷く形で高さ3cmの「下駄」を作り、これにアンテナ入力を調整するボリウムを 付けました。
 これにより、使い勝手が格段に良くなり、通常の使用に不便さは解消されました。

標準十号回路図
10:回路図
 今回も手書き回路図です。簡単に説明しますと、左端のコイルとバリコ ンで同調した後、57でいきなりグリッド検波(高周波=電波の中から音声信号を取り出す事)します。57はこの際増 幅作用もしますので、1本の真空管で大きな検波信号が得られます。更にプレートからコイル(P)に戻る回路が再生回 路で、検波後でも幾分残っている高周波成分をコイルに戻して、再度検波をやり直します。これが再生で、つまり正帰還 (PFB)です。再生を掛ける事により非常に感度が高くなります。但しグリッド再生検波は音質は犠牲になりますが、 当時は「安いシステムでも大きな音で聞こえる事」が重視された様ですので、ほとんどの製品がこの方式です。 
 検波され取り出された音声信号は56で電圧増幅した後、12Aで電力増幅され、スピーカーを鳴らします。この出力 管12Aは、非常に旧式で低能率の直熱三極管ですが、値段が安かった為に、広く用いられていました。

 電源整流は12Fによる半波整流で、π型のリップル・フィルター辺りは現在の回路と全く同じです。フィルターコン デンサーの容量は、オリジナルでは僅か4μF(マイクロファラッド)ですが、これでは不足気味ですので、10
μFに増強してます。
 電源トランスのヒーター巻線は、本来なら、整流管用に5V、12A用 に中点付き5V、56と57用に2.5Vの3種類が必要ですが、このラジオでは12A用と56、57用を上手く一つ の巻線でまかなっています。この点以外にも、随所にメーカーの合理化の努力が見られます。
 パイロットランプは懐中電灯用に販売されている2.5Vの豆球ですので、切れても入手難の心配はありません。

追記
 各部の電圧は、回路図に書き込んだ通りだったのですが、12Aのプレートには211Vが掛かっていて、12Aの最 大定格180Vを大きく超えています。最初は、これで今まで使われて来たのだから大丈夫だと思いましたが、電源部の C9とC10の容量を増やした為に、電圧が上がったのだと気付き、後日3KΩと10μFを追加しました。その結果現 在は12Aのプレート電圧は188Vに下がっています。(まだ4%程上回っていますが、この程度は問題無い範囲で す) 更にこの追加でブーンというハムノイズも一気に減りました。但し部品を追加するのは、スペース的に結構苦し かったです。

ここから先は、更に色々細かい点をご紹介します
銘番

スピーカー
11:銘番と製造番号、スピー カーに記された年月
 アルミ製でサイズは39mm×25mmで、シャーシに鳩目留めされています。
 製造番号は30477と読めます。もし00001から順番に振っていったのだとしたら、このラジオは少なくとも3 万台以上生産されている事になります。製造年月欄は消えてしまったのか、それとも最初から記載されてなかったのか、 全く読めません。
 感度階級は「電波の強さがどのランクの地域で、このラジオが使えるか」と言う意味で、強電界、中電界、弱電界、微 電界、極微電界に分けられています。当然極微電界地域でも聞こえるラジオが、最高レベルの感度と言う事です。このラ ジオは弱電界地域用と言う事になります。(123号は微電界、真空管ラジオの最終世代の5球スーパーは極微電界で す) 現実的には、アンテナ端子に4m程度の電線をアンテナとして繋ぐと、京都市で昼間、NHK京都、京都放送、 NHK大阪、NHK第二が大きな音で、朝日放送がやや大きめ、毎日放送、ラジオ大阪が少し弱めに聞こえます。神戸の ラジオ関西は非常に苦しいです。
 ブランド名はシャープですが、当時の正式社名は記載の通り早川金属工業(株)で、その後早川電機(株)、シャープ (株)と社名変更されていきます。


 スピーカーには赤いスタンプで16-12と記されています。たぶん昭和16年12月の製造と言う意味だと思われま す。上述の早川電機(株)
への社名変更 は昭和17年ですので、このラジオは昭和16年か17年の製造と推測できます。

追記
 スピーカーのスタンプは16-12ではなく、もしかしたら1-6-12かも知れません。だとしたら年月日の表記で はないのかも知れません。

認可証

底面
12:キャビネット内部の認可 証と底面の回路図
 キャビネット内部には、このラジオの仕様証の上から電力会社の認可証が貼られていますが、その認可証に記載されて いる真空管やトランス名は、このラジオの物ではなく、一世代前の内容です。このラジオを新しく買った時に、以前使っ ていたラジオの認可証を念の為に貼ったのかも知れません。
 その古い認可証の電力会社は「伊予鉄道電気株式会社」と記されていて、現在は鉄道会社の愛媛県の伊予鉄道が、当時 は電力部門もあった事が窺われます。と同時に、このラジオの所有者が愛媛県の人だった事も判ります。確かに、オーク ションで手に入れた際の出品者の住所は、愛媛県でした。
 底面には製造時の試験票と回路図が貼られています。回路図は糊で変質してしまい、判別し難いです。書き方も上でご 紹介した現在の書き方とは違って、当時のスタイルの書き方ですので、同じ回路とは思えない程です。
 それに対して試験票は現在と同じく、チェックした人の印鑑が押されています。品質に気を配る日本のメーカーの姿勢 が判ります。

プラグ
13:電源コードとプラグ
 電源コードとプラグは、現在の新しい物に交換してありますが、形はこのラジオの頃と同じ、袋打ちコードと丸型プラ グを使いました。これはどちらも今でも手に入る物です。丸型プラグはパナソニック(松下)の「ポニーキャップ WH4000」で、袋打ちコードも検索すると販売店が見つかります。

平成31年4月追記:その後、この袋打ちコードは製造中止となり、平成31年の時点では、かなり入手困難となってし まっています。赤い物はこたつの交換コード用に、ホームセンター店頭で、まだ残っている場合がありますが、黒い物は ネットオークションでも殆ど見掛けません。

裏蓋
14:裏蓋
 このラジオの裏蓋は失われていましたので、ベニヤ板で作成して裏蓋らしく「適当に」ニスを塗りました。放熱スリッ トや、端子やコード用の切り欠きの位置や形は、元の物が判りませんので、標準的な形状と配置にしました。
 本体キャビネットの上部に、玉ゴンベ留具(バネを効かせた小さな球)が残っていて、ワンタッチで開閉出来る様に なっていた様です。受け金具はアルミで作りましたが、取り付け方はオリジナルと異なっているかもしれません。

シャープ標準十号の音
15:放送を受信中の標準十号の動画です。(YouTube)

 以上でこのシャープ標準十号ラジ オのご紹介は終りです。現在は、座敷の箪笥の上という、昭和時代のラジオの「定位置」に収まっています。ご質問 がございましたら、下記本サイト「雪乃町公園」の掲示板にお書き込み下さいませ。

 ラジオ展示館に戻る

 雪乃町公園案内板に戻る




inserted by FC2 system