シャープ製放送局型11号の修復

正面全景畳上

 ↑クリックすると大きな写真が見れます

 11号受信機の正式名称は「放送局型第十一號受信機」と言います。
 「放送局型」とは、性能・品質が良くて廉価なラジオを普及させる為に、放送協会(NHK)が定めた方式のラジオ受信機で、各メーカーが同一の製品を製造する点が特徴で、昭和13年に制定された1号(3球式)と3号(4球式)から始まります。しかし現実的ではない設計だった1号と3号の生産は極僅かで、試作の域を出ませんでした。そこで昭和15年に、設計を現実的に改めた3球式が改めて発売されました。これが今回修復した「11号」です。

 当時最も普及していたラジオは、性能の低い三極真空管を4本使った「並四ラジオ」でした。11号は、高性能な五極真空管を使う事で、1本少ない3本でも、同等レベルの感度を確保しようとしました。
 真空管を3本使うと言っても、コンセントからの交流を、電子回路の電源である直流に変換(整流)するのに、1本が必要ですので、そうすると、本体の回路部分に使えるのは、僅か2本だけになります。11号は、この2本の内1本を、電波から音声を取り出す検波に使い、それを増幅作用もあって感度が一番高い「グリッド再生検波」方式を採用し、残り1本をスピーカーを鳴らす「電力増幅」に使ったもので、ペントード(5極管)をメインに使用した3球ラジオなので「三ペン」(後のいわゆる「並三ラジオ」)と呼ばれたラジオです。併せて電源トランスを、構造の簡単な単巻トランスにする事で、資材とコストの削減も目指しました。

 こうして発売された11号は、昭和19年迄に172,000台が製造されました。しかし、所詮3球式では最小限の性能しかなく、放送局に近い都市部でしか使い物にならず、より高性能で全国で通用する、高周波増幅付き4球式の123号に、取って代わられる事になります。

 今回修復した11号は、早川金属工業(株)製で、製造年月日は判りませんが、使われている部品の特徴から、11号の製造が開始された昭和15年よりは、もう少し後の、昭和16年頃の製造だと思われます。早川金属工業とは、シャープの元の社名です。シャープの社名は、早川金属工業→早川電機→シャープと変わっていきます。
 
 では詳しくご紹介します。ピンク色の部分は修復前、クリーム色の部分は修復中、水色の部分が修復後です。
 写真はクリックすると大きくなります。



11号外観畳上
0-01:11号外観                    
 四角四面の直線的なデザインで、その単純さを補う為に、ダイヤル窓部分を交点にした、濃い塗色の帯を十文字に配した、結構主張性の強いデザインです。
 スピーカーグリルの真ん中の細い横桟部には、赤めの材質の別の木材を貼付け、飾り気の少ないキャビネットデザインの中で、唯一か所お洒落なポイントとなっています。
 2つの操作ツマミは、真ん中が「同調(選局)」、下が「再生(正帰還量を調節して感度を調整し、事実上音量調整を兼ねています)」です。電源スイッチは左の側面に取り付けられています。
 3球式の規模の小さい回路ですので、奥行きはわずか14.3cmと、「薄型」なラジオです。



第1段階 入手時の状態
 オークションで入手した11号は、年数の割には良い状態でしたが、キャビネットはかなり汚れて色褪せていました。

11号到着時
1-01:入手時の外観
 大きな傷はありませんが、かなり汚れていて、塗装の色あせがあります。
 スピーカーグリルの布(サランネット)は汚れてはいるものの、鋸形の織模様のあるオリジナルの物です。ダイヤル窓は、割と透明度が維持されていて、中の目盛りも十分見えています。側面の電源スイッチも含めて3つの操作つまみは、外れる事なくちゃんと揃っていました。

到着時背面
1-02:背面
 内部も、特に抜き取られている部品はなさそうで、真空管やそれに被せるシールドキャップ、スピーカー等も、ちゃんと揃っています。
 電源コードやその先のコンセント・プラグも、傷みはありますが、オリジナルのまま残っていて、そういう意味では、良好な状態と言えます。

未着手シャーシ
1-03:シャーシ
 シャーシはコンパクトなサイズで、電源トランスを中央に置いたレイアウトが、やや変則的です。トランスの向うに単連のバリコン、その左にコイルと、小さなシャーシ上に、最短距離での合理的な配置です。

コイル(元)
1-04:コイル
 アンテナコイルですが、よく見ると「STAR」と書かれていて、これはSHARPのオリジナル純正品ではなく、戦後の汎用市販品です。
 AMラジオの周波数帯は、戦後間もなく拡大されましたので、それに合わせてコイルを交換したのかもしれません。或いはコンデンサーが短絡して、流れる筈の無い電流が、コイルに流れて焼け切れた可能性もあります。そしてこの純正品でないコイルは、動作にも多少影響して、後で修正の対応を行う必要が生じました。
 コイルの上に大きな抵抗器とコンデンサーを配置するのは、グリッド検波のラジオでは、一番オーソドックスな配置で、このコイルのすぐ横の検波管に信号を送るのに、都合がいいのです。

123号シャーシ(球なし)
1-05:シャーシ裏
 小さなシャーシに、凄まじい密度で部品が配置され、配線されています。奥の真空管のソケットは、部品の下に隠れて、ほとんど見えません。こんな配線は、予めきっちりとした組立順序を計算してから行う、メーカー製だからこそ出来る技で、素人が回路図だけを目当に組んでいくのは、絶対に無理です。
 中央部の横長の大きな長方形の物(×印)は、当時の集合電解コンデンサーで、使用する4つの電解コンデンサーが全てこの中に収まっています。しかし見れば判る様に、大変大きな体積です。しかもこのラジオの場合、この集合電解コンデンサーが後に壊れて、後の修理の際に交換したコンデンサー(赤線で囲った物)が、残り少ないスペースに割込んで取り付けられています。緑で囲ったコンデンサーは、コイルを市販汎用品に交換した事によって必要になった物で、これも後の修理の時に取り付けられた物です。

スピーカー
1-06:スピーカー
 キャビネットから取り外したスピーカーで、後程詳しくお見せしますが、致命傷はないものの、全面修復をしないと、使えない状態でした。
 この当時のスピーカーは、もちろん現代のダイナミックスピーカーではなく、マグネチックスピーカーです。


第2段階 個々の部品の修復や復刻
 このままではとてもではありませんが使えませんので、一旦全面的に解体して、個々の部品毎に修復していきます。
 キャビネットを全面的に塗り直す事にしますので、それ以外の部品もそれに見合う様にピカピカにして、昭和16年にシャープの工場から出荷された時の様な、ピカピカの新品の状態にする事を目指します。

塗り直し前
2-01:塗り直す前のキャビネット                   
 キャビネットに大きな傷は無いので、出来れば全面塗り直しは避けたい所なので、洗剤で汚れをおとしてみました。
 何とか我慢出来る範囲の状態ではありますが、十文字の濃い色の帯の褪色が激しく、錆び付いてなかなか外れなかった再生つまみ付近の傷も目立つので、予定通り全面塗り直しを行う事にしました。
 

白木状態
2-02:キャビネットの塗装を剥がして白木状態に
 キャビネットの塗装を剥がして、白木状態にします。
塗装後
2-03:塗り直しの終ったキャビネット
 白木状態になったキャビネットは、赤砥の粉を塗った後、ニス・スプレーで2色に塗り分けました。スピーカーグリルの横桟の飾り木は、手塗りです。
錆び付き振動片
2-04:スピーカーの錆び付いた振動片
 切れている事が多いスピーカーのコイルは、幸い切れていませんでしたが、全体に錆び付いて、音声の元となる振動片(アーマチュア:真ん中の横一線の薄い金属板)も、錆で枠に触れています。これではまともな音は出ませんので、この部分を一旦全て分解して、錆を落し、綺麗にする必要があります。
 写真でも判る様に、マグネットの上と下とでは位置がずれていて(上が右に寄っています)、このスピーカーは余りいい物ではありません。一流メーカーであるシャープが、こんな粗悪な物を製品に使うとは考えられませんので、このスピーカーは一度交換された物なのかも知れません。

修復後のスピーカー心臓部
2-05:分解掃除と塗装の完了したスピーカー心臓部
 
全ての構成部品を綺麗に掃除して、金属部品は銀色に塗り、コイルを元の位置に戻し、振動片を慎重に真ん中に維持して留めました。錆びて汚ない上の写真のスピーカーと、同じ物とは思えない程、綺麗になりました。
綺麗になったスピーカー
2-06:綺麗になったスピーカー
 
コイルやマグネット部分だけでなく、フレーム全体もクリーム色に塗りました。汚いままでは、音までもが悪い様に思えましたが、この様に綺麗になったスピーカーだと、良い音がしそうです。
 実際、このスピーカーは、振動片の位置を真ん中にきちんと保持して修復した為なのか、マグネチック・スピーカーとは思えない程、聴き易いいい音質で、マグネットがずれている粗悪な品の音とは思えません。尚、このスピーカーのフレームは、123号や標準10号でも使われていた物と同様の、固めた紙製です。

バッフル板
2-07:スピーカー前面とバッフル板
 
スピーカーのコーン紙は、書類保管封筒の様な目の粗いクラフト紙で、汚れや歪みや破れがありました。破れた箇所は、上から紙を貼って修復しましたが、コーン紙までは交換出来ませんし、汚いからと言っても、塗料を塗る訳にもいかないので、元のままです。
 このスピーカーを取り付けるバッフル板は、厚めのベニア板で、多少剥離しかけていましたが、接着剤で補修して、そのまま再利用しました。

錆だらけシャーシ
2-08:錆だらけのシャーシ
 部品を全て外したシャーシで、錆だらけです。トランスに重なっていた部分のみに、元の表面が残っていました。
 もちろんこのシャーシも、錆と塗装をサンダーで全部落して、塗り直しします。

部品乗せシャーシ
2-09:塗り直したシャーシ
 塗り直したシャーシの写真を撮ってなかったので、部品を乗せたシャーシの写真を載せました。シャーシは銀色に塗装しています。
 この写真では汚いままのトランスやバリコンも、綺麗にして塗り直しました。

トランスの出力電圧
2-10:電源トランス
 電源トランスは、真空管が僅か3球ですので、小さなサイズのトランスです。そしてこのトランスは、主巻線が一次側と二次側に分かれていない、資材節約型の単巻トランスです。
これも汚なかったので、鉄芯を青く、カバーはクリーム色に塗りました。(この写真ではカバーは写っていません) 
 出力電圧は、一次巻線の高圧端子で130V、整流管用に5V、それ以外の球用に2.5Vです。

抵抗器
2-11:抵抗器
 8本ある抵抗器は、全て値が20〜30%高めに変わってしまったり、焼けかけたりして使えませんでした。1本は何とか10%以内の誤差でしたが、結局全て交換する事にしましたが、半分程度は使えるかと思っていましたが、少し予想外でした。
 現在の抵抗器は小型化されて、外形も異なった形(P型抵抗器)ですので、それをベークライトの筒に入れペイントを塗り、この頃と同じ形の物(L型抵抗器)を作りました。

コンデンサー
2-12:コンデンサー
 コンデンサーも、10個の内、値が変化し難く電圧も掛からないマイカコンデンサー1個以外は、全て交換しました。

 電解コンデンサーは、当時は紙箱入りの集合コンデンサーです。紙箱はヨレヨレになっていたので、ボール紙で同じ寸法の物を新しく作り、それにヨレヨレになった元の箱をカラーコピーした物を貼り、中に現代のコンデンサーを内蔵させました。
 ペーパーコンデンサーは、紙筒に入れて両端を封じ、本物から剥がしたラベルをコピーして貼り、電解コンデンサー共々、当時と同様に溶かしたロウを塗って保護しました。
 結局抵抗器とコンデンサーは、マイカコンデンサー1本以外は、全て交換した事になります。電子部品を全て交換してしまったのでは、「直した」のか「中身を入れ換えた」のか、判らなくなってしまいますが、トランスやバリコン等の大型主要部品や、ソケットや目盛板等の機構部品はそのままですので、まだまだ「修理」の範囲内だと思います。

ダイヤル盤
2-13:ダイヤル目盛板と保持枠
 ダイヤル目盛板は、黄色っぽいプラスチック板で、それを鉄製の枠にハトメで留められていました。ハトメを外して枠から取り外し、ダイヤル板は洗って汚れを落し、枠は錆を落して、シャーシと同様に銀色に塗りました。
 ダイヤル板は、ハトメを外す時に、一部が割れてしまっていますが、外からは見えない部分なので、問題はありません。

コイルの端子
2-14:コイルの結線変更
 コイルは上の「第一段階」で書きました様に、スター(富士製作所=「TBグループ」の社名で現存)製の汎用市販品に交換されています。このコイルは一次側と二次側のアース端子が共用になっていて、通常回路の場合はこれでいいのですが、電源トランスが単巻の11号の場合は、ちょっと都合が悪いのです。この11号が現役だった時は、アースにコンデンサーを追加する事(上の「第一段階」の1-05の緑線で囲ったコンデンサー)で対応していましたが、今回はコイルの結線をオリジナルと同様に変更する事にしました。
 一か所にまとめられている2本の極細い線を分けて、別々の端子に振り分けます。当然端子を一つ新設しなくてはなりませんが、シャーシに直に接続すべき方は、取り付け金具に接続する事で解決しました。地味で小さな作業ですが、今回の修復の結構大きなポイントです。
 オレンジ色のチューブを被せた結線が、今回分離させた線で、重なって見えている内側に突起した金具の根元に繋いでいます。これは元々、その真下の既に1本線が繋がっている端子に、一緒に繋がっていました。

真空管
2-15:真空管
 このラジオで使われる真空管です。左の3本を使います。
 左から、検波用傍熱五極管UZ-57(ゴーナナ)、電力増幅用直熱五極管UY-47B(ヨンナナビー)、半波整流用直熱二極管KX-12F(イチニエフ)です。
 一番右は、47Bの代りに入っていた電力増幅用傍熱五極管3Y-P1(サンワイピーワン)で、後に47Bが製造中止になったので、その代替品です。もちろんこれも使えますが、3Y-P1はヒーター電流が47Bより8割も多く(47B:0.5A、3Y-P1:0.9A)、余裕のない小さな電源トランスでは、ヒーター電圧が下がり気味になります。
 それでも、47Bは現在入手が難しく大変貴重なので、手持ちの予備は出来るだけ使いたくなく、当初はこの3Y-P1を使うつもりでいました。しかしオークションで「十把一絡げ」で買ったクズ真空管の中に、47Bが含まれていましたので、それを使う事にしました。
 メーカーは4本とも「マツダ」(当時の東芝の管球品ブランド名)です。

 尚、この3Y-P1はよく見れば判りますが、ガラスの本体部分が左に傾いていて、全体に造りの悪い製品です。戦後の混乱した時代に製造された物だと思いますが、アンプに使ってみましたら、予想外にいい音でした。

仮組
2-16:部品の修復・復刻の完了
 これで個々の部品の修復や復刻が終りましたので、次からはいよいよ配線に取り掛かります。その前にシャーシに大物部品を載せての仮組を行ってみました。完成時の姿が想像出来る様になりました。
 「第一段階」1-03の、元のままの写真と比べると、パイロットランプのソケット以外は、全て同じ物ですが、とても同じ物とは思えない程綺麗になっていて、まるで新品のラジオの様です!
 今迄の中で写真が無かった、綺麗になった電源トランスやバリコンの姿も、お解り頂けると思います。


第3段階 組立と配線
 この段階では、部品をネジで本取付けして、接続や配線などを行います。個々の部品は綺麗にして万全の状態にしていますので、70年前のラジオとは言え、新品のラジオを組み立てる様な快適な作業です。

ソケット
3-01:真空管のソケットとヒューズホルダーの取り付け                  
 シャーシに全ての部品を取り付けます。小さくて軽い部品から取り付けていくのがセオリーです。
 真空管のソケットの内で、47B(左の5ピン)と12F(右の4ピン)は、なんと爪曲げ留めです。ヒューズホルダー(上の側面)も爪留めです。ヒューズホルダーの様な、力の掛からない部品ならともかく、真空管ソケットの爪留めは初めて見ましたが、非常に大胆で合理的な方法です。たぶん慣れた職工さんなら、1個を取り付けるのに3秒程度で出来てしまうでしょう。過去に修復した123号や標準10号でもそうでしたが、シャープのラジオは合理性が徹底していて、組立がやり易い様に考えられていると思います。
 残る1本の真空管57のソケットは、ネジ留めです。これは恐らく、筒型シールドケースを採用する可能性によるものだと思われます。このラジオでは、帽子型シールドケースが採用されてますが、筒型シールドケースの場合は、ソケットの留め部分に、シールドケースの受け金具を一緒にネジ留めしますので、その場合に備えて、57だけは爪留めにしなかったのだと思います。

実体図  
3-02:手描き実体図                  
 配線の前に実体図を描いて、紙上で手順を十分に検討します。このラジオの様に、シャーシが小さくて、部品が密集しているセットでは、一度取付が終った部品の下に半田鏝を入れるのは、不可能に近いので、よく考えてから取り掛かる必要があります。
 実際には、解体前に描き留めていた元の結線図を基に、A.真空管のヒーターとパイロットランプの配線、B.抵抗器やコンデンサーの取付、C.それらを繋ぐ配線の3種の実体図を描き、作業はA→C→Bの順で進めます。先に抵抗やコンデンサーを取り付けてしまうと、後で困る事になります。

ヒーター配線
3-03:ヒーター配線
 配線作業は、A.のヒーターとAC100Vの一部の配線が終った所です。一部は仮配線状態です。
 配線はビニール線を使わず、錫めっき銅線に「エンパイアチューブ」と言うカラーの絶縁チューブを被せて行います。こうする事で、配線をきちっと縦横直角に這わせる事が出来て、見た目が良いですし、シャーシに密着させて配線が出来ますので、ノイズを拾い難くする効果も期待出来ます。エンパイアチューブは赤・緑・黒・黄色の4色ですが、黄色を白く塗って5色を揃えると、JISの5色配線に応じられて、後日のチェックの際に便利です。

ヒーター通電
3-04:火入式
 ヒーターとAC100V関連の配線が終った段階で、恒例の「火入」を行い、真空管とパイロット・ランプが点灯する事を確認します。「放送局型第11号受信機」に、約60年振りに電気が流れ出しました。
 ここでヒーターとランプ関連の点灯に間違いが無い事を確認しておけば、組み上がって万一鳴らなかったり不具合があっても、「少なくとも100Vとヒーター関係は正常」とはっきり区別して考える事が出来ます。

最終配線
3-05:配線完了
 
一応全ての部品の配線が終った所です。基本的には上の「第一段階・シャーシ裏」と同じですが、上で赤や緑で囲った、後の修理の際に追加された部品は、当然ながらありません。部品の向きをきっちり縦横に揃えましたので、元よりかなりすっきりしています。
テスト鳴らし中
3-06:テスト鳴らし中
 
配線が全て終ったら、間違いが無いか慎重にチェックした後、通電します。
 三ペン(並三)ラジオは本来なら、調整する箇所は一か所もありません。しかしこの11号は、アンテナコイルが汎用市販品に交換されているので、一発では正しく動作しませんでした。
 「ピュィィィィーーーー」と発振してしまうのと、ダイヤル上での受信位置が、低い方に寄っている不具合がありました。どちらもコイルが交換された事による不具合です。
 「ピュィィィィーーー」の発振は、検波管のプレートに、80PFのコンデンサーを入れて高周波を逃がし、周波数のズレは、グリッド配線にシールド線を使う事により、幾分改善されました。手持ちが無いので試していませんが、バリコンと並列に10〜20pFのトリマーコンデンサーを入れると、尚良いのではないかと思います。


最終シャーシ裏
3-07:最終的な配線完了状態
 
上記の修正が終って、完全に配線が終った状態です。左下の2KΩの抵抗器の上に、半分だけ見えているのが、追加した80pFのコンデンサーです。右側面から入って来ている100Vのビニールコードには、全てベージュ色のチューブを被せて、昔の布巻き線っぽくしました。
密集した配線
3-08:密集した部品配置
 
シャーシが小さいので、凄まじいまでの部品の密集ぶりです。電源トランスの上に円筒形のコンデンサー、更にその上に抵抗器・・・と、通常では「余り好ましくない」2階建て配置です。更にその左には、シャーシの折り返しの部分の下に、前後にコンデンサーが並んでいます。
 こんな密集配置では、故障した時の修理がとてもやり難いものになります。金属の節約から、シャーシのサイズを極限まで小さくしたのでしょうけれど、これではデメリットの方が多かったと思います。

完成裏側
3-09:完成した11号の裏側
 
これで機能的な面での修復は終りました。クリーム色に塗ったスピーカーや、クリーム色と青の2色塗りの電源トランスが、爽やかな印象です。キャビネットの内部も出来るだけ綺麗にして、簡単ながらニス塗りを施しています。左端の真空管(57)の頭に被せてあるのは、入力のグリッド端子をノイズから遮断する、シールドケースです。本来の筒型に比べると甚だチャチですが、効果は十分です。
外観応接室
3-10:修復が完了した放送局型第11号受信機ラジオ
 
完成後に、「第二段階」の2-01と同じ場所で撮った写真です。
回路図
3-11:回路図
 
いつもの様に手描きで描き起した回路図です。
 簡単に説明致しますと、アンテナコイルとバリコン(ニに矢印 左側)で選択された電波を、57のグリッド(左から)に入力して、グリッド検波します。音声信号となってプレート(上)から出て来ますが、その中にまだ残っている高周波(電波)を、2KΩを通って左上の再生コイルに戻します。戻された高周波は、下のコイルに誘導されて、もう一度57のグリッドに入ります。これが再生で、この戻す量は右側のバリコンで調整します。このラジオでは、この再生調整が、音量調整も兼ねています。
 音声信号は47Bのグリッド(左から)に入力され、ここでスピーカーを駆動するのに十分なパワーにまで電力増幅され、右端のスピーカーを鳴らします。
 この回路全体に直流を供給するのが、下半分の電源回路で、130Vに昇圧された交流は、12Fのプレート(上)に加えられ、フィラメント側(4)に直流となって出て来ます。その直流は、まだ交流分が多い不十分な物ですので、C9、R7、C8で、より完全な直流にした上で、上の回路に送りだします。この直流をB電源と言います。(A電源は真空管のヒーター電源) B電源の電圧は、C8のポイントで125Vで、通常の180Vよりかなり低目の設計です。
 この構成のラジオは、当時は「三ペン」、後には「並三ラジオ」と呼ばれたもので、戦後に入門用や教材用として用いられた、6C6、6Z-P1、12Fを使った回路と、基本的には同じです。
 
 このラジオでは、トランスの一次側から直にアース(=シャーシ)に接続(C10の真下)されています。つまりシャーシが直接100Vに繋がっている訳です。100Vの片側は電柱の段階でアースに落されていますので、コンセントプラグの差し込み方向によっては、シャーシや金属部品、それにシャーシに繋がっているアンテナやアース端子に触れただけで、感電してしまいます。
 それを防ぐ為に、キャビネットや取付ネジを工夫し、更にアンテナコイルの一次側へは、C1a、C1bの2つのコンデンサーを入れて、感電しないように配慮されています。
 トランスを僅かな資材節約型の単巻トランスにした事により、こんな面倒な感電防止の配慮が必要になってしまった訳です。それならば普通の復巻トランスにした方が、よっぽど簡単で製造の手間も省けたと思うのですが、いかがだったのでしょうか・・・


 電解コンデンサーC6、C7、C8、C9は、容量を増やして、音質向上やムーンと言うハム・ノイズの低減、そして電源電圧の上昇を狙っています。またC10は実際には付けていません。その代り電源スイッチに、OFF時の「バチッ」と言う火花ノイズ吸収の為のコンデンサーを入れています。


第4段階 仕上げと細かい点のご紹介
 ラジオとしての機能は完全に修復できました。後は細かい点の仕上げとご紹介です

ダイヤル窓
4-01:ダイヤル
 
ダイヤル表示板は黄色っぽいプラスチック板で、裏側から豆電球で照らす透過式です。
 目盛は現代の周波数表示ではなく、百分率表示のシンプルなもので、下に小さく「同調」と書かれています。
 回転方向は現代と同じ右回りですが、この時代にはまだ左回りの製品も混在していました。
 回転は減速機構の無いバリコン軸直結ですので、同調操作はちょっと慎重を要します。

再生つまみ
4-02:再生つまみと文字
 3つのつまみは、123号と同じデザインの物が使われていますが、3つとも微妙に色が異なるので、もしかしたら交換された物なのかも知れません。単巻トランス使用の回路の宿命で、つまみ軸に電気が来ている可能性がありますので、つまみの固定はイモネジではなく、板バネでの押し付けで固定されています。
 元からの「再生」の文字は、塗り直しで消えてしまいましたので、今回は文字のゴム印を作り、金色スプレーの塗料を使って押印しましたが、かなり上手く出来たと思います。

スイッチ
4-03:電源スイッチ
 電源スイッチは、この頃のラジオの慣例で、左側面に付いていて回転式です。標準10号や123号の回転式が、90度毎にONとOFFが繰り返すタイプなのと異なり、このスイッチはもう少し操作感のいい、前方向(右回し)でON、後ろ方向(左回し)でOFFの、2ポジション型です。
 つまみは同調や再生つまみと同じ物が使われていますが、丸いくり抜きとの隙間が少なく、ちょっとつまみ難いです。もしかしたら、元はもう少し細身の別のつまみだったのかも知れません。
 奥には緑色の表示板(紙製)があり、かろうじて「電源スヰッチ」と書かれているのが読めますが、傷みや汚れが激しく、復元や復刻する事は出来ませんでした

スイッチ裏
4-04:電源スイッチ自体のアップ
 電源スイッチユニットは、鉄枠でベークライト板を挟んで作られている、当時としてはしっかりした作りで、スプリングを使った、操作感のいい物です。
 接点が腐食して使えませんでしたが、分解掃除をして使える様になりました。スプリングも多少錆びてはいますが、元からの物をそのまま使っています。
 取り付けられているコンデンサーは、元は無かった物で、ON/OFF時(特にOFF時)の火花による、「バチッ!」と言うノイズを軽減させる為に、追加した物です。
 スイッチへのコードは、現代のビニール線ですが、ベージュ色のチューブを被せて、昔の布巻線っぽくしてあります。スピーカーへのコードも同じ事をしてあります。

スピーカーグリルとネジ
4-05:スピーカーの飾り留めネジとサランネット
 スピーカーの留めネジの頭は、キャビネットの前面に露出しているので、普通のネジではなく、頭が模様になった「飾りネジ」が使われています。元からの飾りネジは4本中2本しか残っておらず、しかも汚く変色した上に曲っていましたので、新しい物に取り替えました。
 この飾りネジの新品の入手先は、なかなか見つかりませんでしたが、幸いにも在庫を持っているネジ専門店が見つかり、100本単位とちょっと多めでしたが、購入する事が出来ました。
 上の文字表示とこの飾りネジは、小さな箇所ですが、今回の修復の大きなポイントです!
 
 スピーカーのサランネットは、元の鋸模様の布の洗濯も試みたのですが、洗っている途中でボロボロに崩壊してしまいました。従っていつもの様に、サランネット用の、織模様のある金襴布に張り替えましたが、この布も前回のタイガー123号で、まともな面積は使い尽してしまい、今回は端切れを真ん中の横桟の部分で継ぎ足して使っています。
縁の黒塗の部分に金襴布の金色が映っていい感じになりました。
パイロットランプ
4-06:パイロットランプ
 パイロットランプは、57と47Bのヒーター回路に入っていますので、2.5Vです。2.5Vの豆電球は300mAの物が、現在でも懐中電灯用として販売されています。これを使うとダイヤル板が大変明るくて、気持ちがいいのですが、懐中電灯用の豆球は寿命が大変短く、数十時間で切れてしまいます。そこでここでは123号用に取り寄せた3V130mAの物を使いました。2.5Vの物に比べると半分以下の明るさで、ダイヤル板は2.5V球だと「レモン色」ですが、3V球ですと「オレンジ色」です。
 しかし消費電流が格段に少ないので、57と47Bのヒーターは、規定の電圧が確保され、ラジオの動作にとっては良い事です。

ヒューズ
4-07:ヒューズ
 電源の片側がシャーシに直接落ちているので、ヒューズは正負両側に入っています。ホルダーは絶縁カバーがなく、少々危険です。容量は0.5A程度で十分です。
アンテナ端子
4-08:アンテナ端子
 アンテナ接続用端子は、左から空(長)、空(短)、地 と書かれています。「空」とは「空中線」の略で、アンテナの事で、「地」は「接地」の略で、アースの事です。アンテナは3〜4mのコードを部屋の高い所に張り巡らしますが、それが短い場合は、感度のいい(短)に繋ぎ、もっと長くてきちんとしたアンテナに繋ぐ時は、混信を避ける為(長)に繋ぎます。
 アンテナを張らずに、水道管をアースにして、アースだけでも聞こえますが、その場合も「地」に繋ぐのではなくて、「空」に繋いだ方が良く聞こえます。電柱の電線→シャーシ→アンテナコイルアース側→同アンテナ側→空端子→(水道管)アース と流れて、コイルに電波が流れるからです。

シャーシの足
4-09:シャーシの足
 電源の片側がシャーシに直接落ちていて、50%の確率で感電の可能性がありますので、シャーシを留めるネジも、直接シャーシに触れない様に、一旦樹脂製の足を取り付け、それにネジ留めをする様に工夫されています。但し、この足に合うネジは、「UNCユニファイ並目 #6-1"1/4」という、国内では余り使われていない、アメリカ規格のネジでした。その為、今回このネジを入手する為、叉もネジ店を色々探すハメになりました。
 戦時中の製品でもある放送局型に、何で「敵国」の規格のネジを採用したのでしょうか?

感電注意
4-10:感電に関する注意書き
 回路図やすぐ一つ上の項でもご説明しています様に、このラジオは50%の確率(コンセントプラグの差し込む向きによって決ります)で、シャーシが活電状態となり、触ると感電の可能性があります。その為の注意書きが、シャーシに貼ってあります。尤もこの種の注意書きは、裏蓋に明記すべきで、後の123号の後期になると、そうされていますが、ここではシャーシ背面に、それなりに目立つ様に貼られています。
 実は元から貼られていたものは、シャーシの錆で変色してしまい、写真に撮る事さえ不可能でした。この注意書きは、別のメーカーの123号の物で、シャープの物とは書体や文字レイアウトが、幾分違います。「シャーシ」もここでは「シャシー」になっています。
 赤文字で表示するのは、当然ですが目立たせる為で、これは放送局型の決まりです。

背面
4-11:裏蓋
 裏蓋は失われていましたので、ネットで11号の写真を見付け、その写真から放熱スリット穴の寸法を割り出して、ベニア板で作りました。放熱穴は大きいのでホコリが入らない様に、薄い布を張ってあります。
 この裏蓋も、ニスで塗装してあります。

銘板
4-12:銘板
 裏蓋が失われていましたので、当然それに付いている銘板も無く、裏蓋と同様に、ネットの写真から作りました。しかしシャープ製の11号の銘板写真は見つからなかったので、標準10号の銘板と、白山電機製11号の銘板から、文字を拾って合成しました。従って文字が幾分不鮮明です。
 プリントアウトした物を薄いアルミ板に貼って、上から透明保護塗料を塗って「それらしく」しました。

電源プラグ
4-13:電源プラグ
 電源プラグとコードは、当時と同じ丸形プラグと袋打ちコードです。プラグは元からの物を使おうかと思いましたが、戦時中の品らしく、金具が粗悪な鉄製だったので、新しい物に交換しました。これは今でも入手可能です。コードは茶色い新しい袋打ちコードです。これはオークションで、プラグ付きで出品していた人から買った物で、茶色のコードは余り見掛けない物です。
 

検査証
4-14:検査票
 キャビネットの底面に貼ってある検査票ですが、印鑑がありません。わざわざ無押印の検査票を貼るとは思えないので、消えてしまったのかも知れません。
オリジナル配線図
4-15:オリジナルの配線図
 上記の検査票の隣に貼ってある回路図です。真空管の書き方(回路記号)やレイアウトが、今の書き方と異なっていますので、少々見難いです。標準10号もこの表記方法でしたので、どうも当時のシャープは、この書き方を使っていた様です。
 回路図の書き方は、戦後になってもメーカー毎に、それぞれ「個性」があった様です。

このラジオの動画
4-16:放送を受信中のシャープ「放送局型第11号受信機」の動画です。(You Tube)
音楽(チャイコフスキー:イタリア奇想曲の一部)
トーク(バックに音楽)

 これでこのシャープ製放送局型11号のご紹介は終りです。
 11号は最小限の性能と価格の、いわゆる「ローエンド」製品です。しかし「ローエンド」製品にありがちな、チャチな仕上がりではなく、寧ろ「最小限の回路でも、しっかりした製品にしよう」と言う感じす。
 性能は、検波出力が大きい近隣地区の局は、十分過ぎる音量で鳴りますが、
増幅段が無いので、離れた局になると音量が不足します。当時はNHK一局しかなく、地元NHKが聞こえれば問題なかったのでしょう。真空管式ラジオで問題になる「ブーン」「ムーン」と言うハム・ノイズも、割と少なめに治まってます。
 因みに、旧式三極管4本で構成された「ヨクナル号」と、同一条件で比較してみると、感度や鳴り方にそれぞれの機種でのクセの違いはありますが、地元の近距離局の場合には、大体同じ程度の音量で鳴る様ですので、当初の「高性能球を使う事で、3球で4球並の性能」と言う目標は、一応実現出来ている様です。しかし遠くて弱い局を聞こうと思うと、ダイヤルを合わせたり再生調節の操作に、かなり苦労とコツを必要とします。
 今回の修復では、「シャープの工場から出荷された時の様に、ピカピカの新品状態にする」と言うコンセプトで、徹底的に修復しましたので、製品としてもピカピカの最良の状態です。

 
ご質問や更なる詳細をお知りになりたい場合は、下記本サイト「雪乃町公園」の掲示板にお書き込み下さいませ。

(管理人「うつりぎ ゆき」)

 その他のラジオはラジオ展示館

 雪乃町公園案内板に戻る







inserted by FC2 system