太平洋戦争の終結で、陸海軍という大きな取引先を失った日立製作所は、新たに一般家庭用ラジオの製造と販売に乗り出す事になりました。しかしラジオの分野では、松下(ナショナル、現パナソニック)や早川(シャープ)、山中(テレビアン、後に東芝が吸収)等の、戦前からの老舗メーカーが確固たる地盤を築いているのに加えて、多くの新規参入メーカーがひしめき合っていて、大変な激戦地となっていました。その中に新たに参入するなら、他社製品とは違う「セールス・ポイント」が必要です。 そこで日立が打ち出した方針は、「高級な品質と良好な音質」「丈夫なキャビネット」と言う点でした。 戦前・戦中に、安価で良質のラジオを製造する事を目的として、放送協会(NHK)によって定められていた「放送局型」は、戦後に「国民型」と言う新たな規格に改められました。国民型は1号〜6号までの8種類(2号と4号がそれぞれA、B2種ありましたので、合計8種類)の方式が定められましたが、いずれも4球式で、5号が戦前の主流の並四ラジオ、残りは放送局型123号と類似の高一ラジオです。 その中で日立の「サンライト」は、ヒーターが6.3Vの新型真空管と、音質の良いダイナミックスピーカーを使用した「国民型4号」と言う規格に準拠し、それを収めたキャビネットは「踏台にしても大丈夫」と言う丈夫さが売り物でした。 今回の修復では、内部の電気的な修復以上に、キャビネットの修復に手間と時間を掛けました。では詳しくご紹介致します。写真はクリックすると大きくなります。 ピンク色の部分は修復前、クリーム色の部分は修復中、水色の部分が修復後です。一番下に、このサンライト号の動作中の動画があります。 |
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4-01:回路図 回路は、変更や定数の違いがありますし、修復にあたって追加したり変更した部分もありますが、基本的には高周波一段増幅ラジオの標準回路で、戦前・戦中の放送局型123号と、電源部以外はほぼ同じです。(元々の回路は、こんな感じであったと思います。複数の資料間で相違点があったり、メーカー側での変更があったらしい箇所や、修理を重ねた現物が、余りあてにならなかったりで、本来の回路を特定するのは難しいです。) アンテナから入った電波は、コイルとバリコンで好みの局が選択された後、6D6で高周波増幅されます。6D6は123号の12Y-V1と同特性の可変増幅率管ですので、10KΩの可変抵抗でカソード電圧を変化させ、増幅率を変える事で、感度(音量)調整します。本来は6D6の選別品である「6D6S」という球を使う予定だった様です。 増幅された高周波信号は、検波コイルを経て6C6でグリッド再生検波され、音声信号を取り出します。その後、抵抗容量結合(CR結合)で42又は6Z-P1に送られ電力増幅され、スピーカーを鳴らします。 42のバイアス抵抗(R10)は本来は410Ωですが、「3-14:使用真空管(決定)」の項でも書きました様に、電流が多過ぎて整流管に負担を与えますので、ここでは600Ωにして電流を減らしています。又6Z-P1を使用する場合でも、6Z-P1のバイアス抵抗の750Ωに近い値で都合が良いです。 電源部は12Fによる半波整流です。本来は2つの平滑コンデンサーと、チョーク兼用のスピーカーのフィールドコイルで、交流分が除去され、その際整流直後は320V程あった電圧も大幅に落ちて、250V以下になります。しかし今回は、フィールドコイルほどには直流抵抗の大きくないチョークコイルを使っていて、そのままでは電圧が高過ぎになりますので、R11とC12によるフィルターを一段追加しています。そのお陰で、ブーン・・というハムはほとんど無いレベルにまで除去されてます。 尚、組み上がった後で、ピーー・・・と言う発振がありましたので、それを抑える為に、R101〜103、C101を追加しました。 |
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4-02:実体図を描きます いつもの様に実体図を描きます。 このサンライト号は修理を繰り返していて、オリジナルの配線が判らなくなっていました。ですので、新たに配線を考える事にします。出来るだけ合理的になる様に考えて部品を配置し、実体図を描いてみます。その実体図は、A図:真空管のヒーター配線と100V関係の配線、B図:端子間の配線、C図:抵抗器やコンデンサーの配線 の3枚に分けて描き、一か所描き終る毎に、回路図をマーカーで塗り潰して、間違いを防ぎます。 |
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4-03:実際に配線を開始 実体図が描けたら、後はそれに従って実際に配線するだけです。順序はA図→B図→C図の順です。 配線はいつもの様にすずめっき銅線にエンパイアチューブと言う絶縁チューブを被せて行い、シャーシに出来るだけ密着させて、縦横に整然と引き回します。ビニール線は、一部の例外部以外は使いません。 エンパイアチューブは、白、黄、緑、赤、黒の5色(白は無いので黄色に白スプレーを塗って作ります)を用意して、JIS5色配線法に従って色分けして使います。但し5色法だと、プレートと第2グリッドへの配線が赤になりますので、結果的に赤だらけの色分けになってしまいます。 |
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4-04:火入式 Aのヒーター配線と100V関係の配線が終った時点で、一旦電源を入れ、真空管のヒーターとダイヤル照明が灯る事を確認します。ここでヒーターと照明が正常で、配線間違いが無い事を確認しておけば、完成した時に万一鳴らなくても、この部分には間違いが無い事は確実ですので、間違った箇所を探す際の手間が楽になります。 シャーシ内からパイロットランプへの配線は、123号やこのラジオの様に、バリコンに検波管のグリッド抵抗を配している場合には、2芯シールド線を使用し、その編線はアースに落しています。効果の有無は判りませんが、この部分に流れるのは60Hzの生の交流ですので、それをバリコンやグリッド配線の近くに配する事による、交流分の拡散に対する予防処置です。 スイッチをONにすると、パイロットランプとLEDが煌々と灯り、暫くして真空管のヒーターが赤くなりました。サンライト号は、推定約50年振りに電気が流れ、この時点で「ゴミ以下」から「電気製品」に戻りました! |
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4-05:シャーシ内の配線終了! 引き続き配線作業を進めます。勿論一か所終える毎に、実体図と回路図をマーカーで塗り潰して、間違いを防ぎます。高一ラジオの配線なら、急いで雑に作るなら半日程度で出来てしまいますが、一つ一つ確認し、4日程掛けて丁寧に行いました。 復刻した抵抗器やコンデンサー、ブロックケミコンが少々大き過ぎて、配線は混み入ったものになってしまいました。 第1段階の6番目の写真と比べて、検波コイルの向きが逆になっている点に、ご注意下さい。この向きの方が配線が合理的である事に、実体図を描いている時に気付いて、向きを変えました。実体図を描かなければ気付かずに配線を始めてしまい、後での修正が出来なくなる所でした。 |
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4-06:検波管グリッドへの配線 第1段階の「グリッドへの配線」でもご説明した通り、この部分は最短にする必要があります。そしてバリコンの端子から、グリッドコンデンサー(C3)とグリッドリーク抵抗(R4)を経てグリッドに入るので、一旦中継端子が必要です。元の配線では中継端子を使わず、無雑作に「空中結線」してありましたが、今回の修復ではバリコンにネジで中継端子を取り付けて、そこから最短距離で検波管のグリッド(写真下部)へ引込みました。グリッドにはシールドケースのキャップが被さりますので、この線が露出するのは僅か2.5cm程度で、この部分からハム雑音を拾う事はありません。バリコンに中継端子を立てるのは、123号で用いられていたノウハウです。 |
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4-07:配線完了 これで配線は全て完了し、修復の殆どが終りました。この後再度配線の確認をして、いよいよスイッチをONします! |
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4-08:鳴ってます! 放送を受信しながら調整中の姿です。 実際には4-2で実体図を描く時に、重大な描き間違いを犯してしまい、その通りに配線したサンライトは、当初は全く鳴りませんでした。仮配線で無理矢理鳴らしたり、何度も確認したりを、7時間にわたって繰り返し、ようやく間違いに気付きました。 その他、スピーカーの取付にほんの少し歪な力が掛り、音質が甚だ悪かったり、高周波増幅部で発振を起したり、再生が強過ぎたり・・と、様々な不完全箇所があり、何日も掛けてようやく解決・修正する事が出来ました。 |
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5-01:銘板 シャーシの背面には、4.5cmの間隔のネジ穴が在るので、ここに何らかの銘板か表示類が付いていたのだと思います。又電源トランス背面部にも、銘板らしき物の痕跡があります。 そこで、日立の広告の写真からマークや昔の書体を拾い、2枚の銘板を「それらしく」作りました。シャーシに取り付けた方は、金属製っぽく黒と灰色で作り、トランスの方は、わざと古びた感じの色で作りました。 |
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5-02:製造年月? シャーシの背面の電源コードの引出し部の上には、2206と言うサイズの不揃いな数字が打刻されています。これが製造年月なのか、製造番号なのか、或いは全く別のコードNo.なのか判りませんが、このラジオの時代背景から推測して、「昭和22年6月製造」と判断するのが、一番正しい様に思われます。(この点については、日立に勤務されていた方からも、「製造年月でしょう」とのご意見を頂きました) だとすると、この機種としてはかなり初期の製造と言う事になり、出力管に42が使われていた事や、標準とは色々相違点のある回路だった事に対して、一気に説明がつきます。 |
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5-03:裏側 今回の修復では、シャーシ上の部品やキャビネットの内側も塗装しましたので、裏側から見ても十分に綺麗です。 ピンクに塗った2本のシールケースは、左がキャップ部を加えた物です。この写真から判る様に、キャビネットまでの高さに余裕が無いので、左側のシールドケースと中の真空管6D6は、シャーシごと引出さないと外せません。ちょっとした計算違いでした。右のシールドケースと中の6C6は、手間は掛りますが外せます。 |
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5-04:裏蓋 裏蓋は、キャビネットの奥行きにほとんど余裕が無く、裏蓋をはめる溝も無かったので(シャーシがはみ出る程だったので、少し木材を接いでキャビネットの奥行きを増しています)、もしかしたら元々は無かったのかも知れませんが、無いと埃が溜るので、新規に作りました。前面デザインをモデルにした裏蓋で、ピンクと緑色に塗った、ちょっと遊び心のデザインです。キャビネット程ではありませんが、この裏蓋も下地塗装を行っています。通気孔は大きいので、埃が入らない様に薄い布を張りました。 蓋の固定方法は、下部はキャビネット底部の小穴に、蓋に付けたピンを差し込み、上部は写真で判る様に、左右両端に半円形の留め木、そして上からの小さな押え金具で留めています。 |
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5-05:電源コードとコンセント・プラグ 電源コードは当然袋打ちコードですが、通常の黒ではなく赤を使いました。袋打ちコードは既に製造中止で、黒は入手が困難ですが、赤はこたつ用に今でもホームセンターや電器店の売場で見掛ける様です。 その先のコンセント・プラグは、丸い「ポニーキャップ」(パナソニック電工WH4000)です。これは今でも現行品で手に入りますが、10個入りですので、1個や2個ですと、なかなか売ってくれるお店が見つからないかも知れません。色は黒しかありませんので、ピンクに塗りました。 |
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5-06:旧JISネジ サンライト号の頃のネジは、今の物とはピッチの違う「旧JISネジ」です。ビスとナットを組み合わせて物を留めるなら、今のネジ(ISOネジ)でもいいのですが、相手の物にネジが切ってある場合(例えばバリコンの足を留める場合など)には、旧JISネジが必要です。旧JISネジでも長さ10mmのM3ビス・ナットは、普通にホームセンターでも売っていますが、短い物となると全然見当たりません。 今回長さ6mmのマイナスネジを100本購入する事が出来ました。このネジも含めて、サンライト号に使ったネジは、全て旧JISネジです。 |
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5-07:ダイヤル窓付近のアップ ダイヤルの同調軸は、シャープの123号と同様の、バリコン軸に減速機構が内蔵された物です。つまみを2回転させると、ダイヤルは半回転(180度)しますので、減速比は4:1と言う事になります。この様な同軸型ダイヤルは、操作つまみを離れた場所に配置して、減速円盤や糸で伝達する方式と比べると、デザイン上は多少野暮ったいですが、操作感は良くなります。 |
このラジオの動画 |
5-08:放送を受信中のサンライト号の動画です。(You Tube) 音楽(カントリーヨーデル) トーク(バックに音楽) |
これで日立製作所製ラジオ「サンライト」のご紹介は終りです。 戦後一気に入って来た欧米のデザインを意識して、精一杯の背伸びをしてお洒落をしたサンライト号は、ゴミ以下のボロボロの状態から、その名前の通り大陽の光の様にピカピカに輝く、キュートな姿を取り戻しました。 ラジオの製造のノウハウに乏しい当時の日立は、内部のあちこちに不合理や非効率な設計が見受けられますが、小さくても高性能な製品に仕上がっています。「雪乃町ラジオ展示館」の他の戦前製ラジオに比べると、回路自体は123号とほとんど同じ「高周波一段増幅ラジオ」ですが、スピーカーがダイナミック・スピーカーですので、音質が格段に良くなっています。しかし「日本ラジオ博物館」の記述によると、販売は伸びなかった様です。日立は一旦はラジオから撤退しますが、その後mT管の時代になってから再参入して、「エーダ」「ジーナ」という名前のシリ−ズのラジオを発売して、ヒットを続けます。 このラジオについて、ご質問やご意見がありましたら、下記の本サイト「雪乃町公園」の掲示板にお気軽にお書き込み下さいませ。
(平成28年1月修復完了 管理人「うつりぎ ゆき」) |